子宮内膜症・チョコレート嚢胞

1. 子宮内膜症の問題点

子宮内膜症は生殖女性の3~10%に発生するとされるポピュラーな疾患で近年増加傾向にあるようです。 女性の一生を通じて"Quality of Life"を著しく損なう疾患で、4つの困った問題点があります。 1つ目は痛み、それも"日常生活に影響するほどの痛み"を起こすこと。 90%の患者さんは月経痛を訴えますし、月経期以外にも腹痛や腰痛、或いは排便痛をきたします。 卵巣に発生した内膜症(チョコレート嚢胞)はしばしば破裂して急性腹症を呈し、急性虫垂炎として緊急手術中に発見されることも珍しくありません。 2つ目の問題は不妊症の原因になるということです。 内膜症は20~30代前半に好発することを鑑みれば事はより深刻です。 内膜症患者では3年間の累積妊娠率が軽症でも約50%、チョコレート嚢胞を有する重症例となると5%と報告されます。 治療は腹腔鏡下手術がfirst choiceですが、術後の妊娠が最終ゴールである以上、不妊症診療にも精通した医師が執刀し、引き続いて妊娠に向けての治療も行うことがmuch better、これは私の持論です。

術後妊娠例のほとんどは2年以内に成立しますが、妊娠に至らない症例では再発の心配が出てきます。 これが3つ目の問題点です。 2009年の報告では術後2年で20%、5年で40~50%が再発するとされています。 近年の晩婚化、内膜症発症の若年化も相まって、術後再発は私ども婦人科医の中でも大きな問題となっており、前任地ではいち早くこの問題に取り組んでまいりました。 詳細については別項で詳しくお話しいたします。 さて、最後は癌化の問題です。 卵巣内膜症の癌化については古くから知られていましたが、詳細な頻度が最近、近県の静岡から報告されました。 それによると20~30歳代では1%前後ですが、40歳以降は4~5%に増加するとのことです。 従って、癌化を予防するためには40歳以降の内膜症に対して根治的手術を積極的に考慮する必要があります。 一般的に内膜症は閉経後に自然治癒すると信じられてきましたが、50歳以降の癌化率は20~25%、更に60歳まで放置すると約半数が癌化するという報告があることも是非覚えておいていただきたいと思います。

子宮内膜症(チョコレート嚢胞)の問題点 子宮内膜症(チョコレート嚢胞)の問題点
子宮内膜症と不妊症 子宮内膜症と不妊症

2. 子宮内膜症・チョコレート嚢胞の治療は?

チョコレート嚢胞がある場合

患者さんの年齢や妊娠の希望の有無に関わらず腹腔鏡下手術が必要です。 妊娠の希望がある場合には腹腔鏡下嚢胞摘出術(チョコレート嚢胞のみを摘出し、正常卵巣部分を残します)をお勧めします。 術後は約70%の患者さんに自然妊娠が成立します。 (平成10年~平成23年までに私が腹腔鏡下手術を施行した患者さんの治療成績です。世界的な報告と比べても成績が良いのがチョッピリ自慢です) 術後1~2年しても妊娠されない場合には排卵誘発治療を考慮します。 また、年齢が35歳を超えている場合や卵管の癒着が高度であった患者さんでは体外受精を早めにおすすめすることがあります。

未婚の患者さんの場合にも同様の手術を行いますが、術後は再発を予防するために黄体ホルモン療法を受けていただきます。 一方、既に出産を終えて妊娠を希望されない患者さんでは子宮付属器摘出術が第1選択になります。 患側の卵巣と卵管を摘出する方法で、再発の心配がありません。

チョコレート嚢胞が無い場合

内膜症の腹膜病変が主体の患者さんでは生理痛を改善する目的でホルモン療法(低容量ピル・黄体ホルモン)を行います。

チョコレート嚢胞摘出手術の実際 チョコレート嚢胞摘出手術の実際
チョコレート嚢胞合併不妊症治療の実際 チョコレート嚢胞合併不妊症治療の実際

3. 腹腔鏡下嚢胞摘出術の問題点は?

チョコレート嚢胞摘出術後に残存卵巣機能が悪化するかもしれないとする研究結果が最近、海外や日本で相次いで報告されました。 研究の多くはAMH(抗ミュラー管ホルモン)を卵巣機能の指標として用い、嚢胞摘出術の前後に採血を行ってAMHを測定した結果、術後に数値が低下することを指摘しています。 チョコレート嚢胞を摘出する際に正常卵巣の一部も同時に摘出されること・残存卵巣からの出血を止血するために電気メスによる操作を加えることなどが原因と考えられています。 残存卵巣機能の低下を危惧する産婦人科医の中にはよりダメージの軽い方法(レーザーを用いる方法やアルコール固定法)を施行したり、手術そのものを控えることを勧める人もいますが、私は別の考えをもっています。
AMH測定法は当初、体外受精を施行する際に排卵誘発剤に対する卵巣の反応性を前もって知るための指標として開発されました。 月経周期やホルモン剤使用による影響がないとされたため、より簡単に卵巣の反応性を知る検査として注目を浴びましたが、最新の研究ではAMH測定の意味に?印をつけざるを得ない結果が得られています。 結論を言うと、AMHは検査をした時点での排卵誘発剤に対する卵巣の反応性の目安になるかもしれませんが、卵巣の予備能力、或いは卵巣内に貯蔵されている卵子の質を示すものではないということです。 チョコレート嚢胞摘出術では、例えベテランの医師が施行したとしても、嚢胞に正常卵巣の一部がくっついて摘出されることは避けられないかもしれません。 しかし、卵巣内に残っている数多くの卵子の質に影響することはないし、術後の妊娠に影響することも皆さんが心配するほどではありません。 ちなみに、これまでにチョコレート嚢胞摘出が体外受精の結果に影響を及ぼすかを調べた研究が9つあります。 体外受精のための排卵誘発剤に対する卵巣の反応性が悪くなったとした報告は9例中3例、妊娠率が悪化したとの報告は9例中2例のみでした。
さて、ここで改めてチョコレート嚢胞は完全に病巣を摘出しなければ再発する疾患であるということを思い出してください。 摘出したチョコレート嚢胞の詳細な顕微鏡検査の結果が最近、報告されました。 それによると病巣は平均0.6mmの深さまで及んでおり、中には1.5mmの深さまで病巣が浸潤している例もあったとのことです。 ということは、レーザーやアルコールを用いた治療では、チョコレート嚢胞のごく表面だけを処理する方法なので、完全に病巣を処理することが不可能ということになります。 実は臨床的にもこれらの方法では病巣を完全に除去できないことを裏付ける結果が既に得られています。 2000年頃にチョコレート嚢胞を有する不妊症患者さんの手術法はどのような方法が良いのかを調べる大規模な研究が2つ行われました。 これらの研究では嚢胞摘出とレーザーを用いる方法とを比較しており、いずれの研究でも術後の妊娠率・再発率ともに嚢胞摘出が勝っていることが証明されました。 また、アルコール固定法は、実は日本で始められた方法ですが、術後の再発率は80%近くある他、卵巣周囲に強い癒着を生じる欠点があることが判明しています。 従って、今後は限られたケース(体外受精の採卵前など)にのみ施行されるべきでしょう。
では、チョコレート嚢胞は手術しないほうがいいのでしょうか?
必ずしも自然妊娠にこだわらない患者さんでは体外受精という選択枝があります。 初期のころはチョコレート嚢胞があると、体外受精の妊娠率が悪化するとされていましたが、最近は体外受精のテクニックが完成されたこともあり、例えチョコレート嚢胞があっても妊娠率が悪くなることはないと考えられています。 ただし、チョコレート嚢胞がある状態で採卵(膣から卵巣に針を刺して卵子を吸引・採取すること)した場合、嚢胞に感染が起こって膿瘍を形成することがあるため、術前に少なくとも嚢胞内容を穿刺・排液したほうがよいでしょう。 また、チョコレート嚢胞が妊娠中に破裂したり、内膜症病変から大量出血をきたすリスクがあることも覚悟する必要があります。 これらのことを考えると嚢胞を放置したまま妊娠することにも少なくない問題がありそうです。
何より、恐らくほとんどの患者さんは自然妊娠を希望しておられるということを鑑みると、如何に残存卵巣にダメージを残さないように嚢胞を摘出するかが最も重要ではないかと私は思います。
そのためにはどうすれば良いのか?
当たり前のことですが、愛護的で、丁寧な手術を行うことが最も大切だと思います。 病巣は完全に除去し、正常卵巣部分は少しでも多く、良い状態で温存すること、外科医にとっては''言うは易く、行うは難い''作業なのですが、この基本を誠心誠意行うことが重要だと信じています。 あとは腹腔内を徹底的に洗浄すること・徹底的に癒着防止策を講じることも術後の妊娠には大変有効です。 他の方法としては、手術前に適切な期間、ホルモン療法(GnRHa療法、黄体ホルモン療法)を施行することに現在、取り組んでいます。 卵巣機能の温存や癒着予防に効果があるのではないかと期待しています。